外国人労働者と働く

鋳物工場での話

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私は以前、鉄製品の鋳造工場で働いていました。鋳造して冷え固まった製品を金づちを使って砂型を叩き落とし、エアー工具を使ってバリを取る仕事です。_x000D_
 中国人のKとKブラジル人のM、そして私の三人で上記のライン作業をしていました。中国人とブラジル人の外国人労働者と働いたことがなかったので、初めの頃は警戒していましたが、彼らは優しく楽しく、私にも優しく接してくれ、冗談を言いながら仕事をする毎日を送っていました。_x000D_
 ある朝、出勤途中の工場駐輪場で自転車の間で体育座りをして顔を膝に埋めているKを発見しました。「何か悩んでいるのかな?」と思い、Kのソッとしておこうと思い通りすぎました。_x000D_
 仕事が始まってすぐにMが私のところに来てK の詳細を教えてくれました。Kはその時、独身の日本人男性宅に中国人の奥さんと二人で間借りしていて、昨晩に奥さんとケンカしたKは一晩あの場所で過ごしたそうです。_x000D_
 Kの奥さんは同じ工場内で検査の仕事をしているので、何度か見たことがありますが、おしとやかそうだったのに、中国でも女性は男性よりも強いのだなと思いました。_x000D_
 そんなKと共に働いていると、中国の外国人労働者の情報がMを通して伝わってきます。Mは筋肉質の体の大きな白人ですが、精神は女性寄りでお話し好きなところがあり、工場内で働く人々の情報を仕入れると報告しに来ていました。_x000D_
 Kは夫婦で働きながら、中国の大学に通う息子に送金していた。しかし息子はテレビゲームに夢中になり退学してしまった。日本で働く中国系の外国人労働者は一部屋に十人近い人数で暮らしている方々もいて、Kがそこに住む中国人女性を間借り先の男性に紹介し、近く結婚するのでK夫婦は新居を探しているということだった。_x000D_
 Mが保証人になり、お金も立て替え、K夫婦はアパートに越したが、すぐに追い出されてしまった。引っ越して数日後、大屋さんにビザはあるのか聞かれ、正直に労働ビザを持っていないと答えてしまったのだ。「本当のこと言わなきゃいいのに!」とMが怒っていた。_x000D_
 結局、ビザがないことが工場にもバレてしまいK夫婦はクビになった。しばらく中国系外国人労働者が暮らすタコ部屋に住んだ後、K夫婦は千葉のタイヤ製造の工場で働くため引っ越していった。Kの貯めに建てかえたお金は返金されることはなかった。Kの置かれている状況を知っているMはあきらめたようで、そのことについては私には何も語らなかった。その後、Mと私も工場を退職した。

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