雇用保険と合わせて労働保険といわれる
労災保険とは、労働者災害補償保険法(昭和二十二年四月七日法律第五十号)(以下、労災保険法と記載します)によって定められた保険です。
具体的な目的は、“労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。”
引用元:労働者災害保険法 第1章 第1条
(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO050.html)
となっており、平たく言うと、労働者が業務もしくは通勤を原因として怪我や死亡などをした場合に補償を行う保険です。また、労災保険は政府が管掌しています。
労災保険は、雇用保険と合わせて「労働保険」と呼ばれることが多くあります。雇用保険は、労災保険と同じく働く労働者の保護を目的とした保険です。雇用保険も管掌は政府が行っています。
労災保険法の適用事業及び適用労働者
労災保険法があてはまる事業所のことを適用事業所、労災保険法が適用される労働者のことを適用労働者といいます。それぞれに適用される条件がありますので簡単に見ていきましょう。
適用事業所の条件
労災保険法があてはまる事業所の条件は、
「労働者を使用する事業」(労災保険法第3条)
です。労働者を雇っている事業所であるならば労災保険法の適用事業所になります。
ただし、国家公務員災害補償法や地方公務員災害補償法が適用される事業は、労災保険法の適用事業所にはなりません。また、暫定任意適用事業所にあてはまる事業所については、労災保険への加入が「事業主又は労働者の過半数の意思」に任されています。
適用労働者の条件
労災保険法があてはまる労働者の条件は、
「職業の種類を問わず、事業に使用されるもので賃金を支払われるもの」(労働基準法第9条)
ですので、事業に雇用されているすべての労働者が適用労働者であると考えて差し支えないでしょう。
基本的に、「事業主の指揮命令に従っていて」「他の労働者と同様に賃金が支払われている」ならばあてはまります。
例外的に、適用労働者にならない労働者は、
・個人事業主
・法人の代表取締役
・同居の親族
などです。
ここで注意しておきたいのは、いわゆるダブルワークをしている労働者は各事業所で労災保険法が適用されるということと、不法就労の外国人労働者も労災保険法の適用の範囲内であるということです。
労務災害は2種類に分けられる
業務災害と通勤災害がある
労災保険法は、労働者が業務上あるいは通勤上で負傷又は死亡した場合に補償がなされる保険でした。労働者が補償を受けることができる災害のことを、労務災害といいます。労務災害には、業務上に起きた災害である「業務災害」と、通勤上に起きた災害である「通勤災害」の2種類があります。
それぞれについて見ていきましょう。
業務災害とは
業務災害とは、「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(労災保険法第7条)」のことです。どこまでが業務であるのかを判断するために、2つの判断基準があります。その判断基準は、「業務遂行性」と「業務起因性」といいます。
業務遂行性とは、労働者が使用者の支配下にある状態であることをいい、業務起因性とは、その災害が、業務に含まれる危険性や有害性が現実となったものであると経験則上言える状態であることをいいます。
この2つの基準については、後の章で詳しく解説します。
通勤災害とは
通勤災害とは、「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(労災保険法第7条)」のことです。この場合の通勤というのは
“2 前項第二号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)”
引用元:労働者災害保険法 第1章 第7条 第2項
(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO050.html)
となっており、通勤と認められないものは
“3労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第二号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。”
引用元:労働者災害保険法 第1章 第7条 第3項
(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO050.html)
となっています。
つまり簡単にいうと、「住居と会社の往復、それに伴う日常的な生活に必要と思われる寄り道が通勤」ということになります。この日常的な生活に必要と思われる寄り道は、例えば、スーパーへの日常品の買い出しなどです。
労災保険、給付の内容について
労災保険の3つの給付
労災保険には、3つの給付があります。
・業務災害に関する保険給付
・通勤災害に関する保険給付
・二次健康診断等給付
の3つです。業務災害に関する保険給付の内容と通勤災害に関する保険に給付の内容はほぼ同一です。大きな違いは、通勤災害に関する保険給付については、使用者の補償責任がないことです。
ですので、ここでは業務災害に関する保険給付の内容と二次健康診断等給付について簡単に見ていきましょう。
業務災害に関する保険給付
業務災害に関する保険給付の内容は、労働者の状態別に4つに大別され、それぞれの中で細分化されており、全てで7つの給付内容になっています。
・傷病(負傷・疾病):療養補償給付・休業補償給付・傷病補償年金
・障害:障害補償給付
・要介護状態:介護補償給付
・死亡:遺族補償給付・葬祭料
それぞれについての支給要件などについては、厚生労働省が発行しているパンフレットに詳しいです。
ホームページからPDFファイルをダウンロードすることができますので、そちらを参考にしてください。
リンクURL:「厚生労働省:労災保険給付の概要」
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html
二次健康診断等給付
二次健康診断等給付というのは、簡単にいうと、会社が定期的に行っている健康診断で、脳血管や心臓に疾患が発生するおそれがあるとされた労働者に対する保険給付です。労働災害保険法の第26条に定められており、条文を引用すると
“第二十六条 二次健康診断等給付は、労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)第六十六条第一項の規定による健康診断又は当該健康診断に係る同条第五項ただし書の規定による健康診断のうち、直近のもの(以下この項において「一次健康診断」という。)において、血圧検査、血液検査その他業務上の事由による脳血管疾患及び心臓疾患の発生にかかわる身体の状態に関する検査であつて、厚生労働省令で定めるものが行われた場合において、当該検査を受けた労働者がそのいずれの項目にも異常の所見があると診断されたときに、当該労働者(当該一次健康診断の結果その他の事情により既に脳血管疾患又は心臓疾患の症状を有すると認められるものを除く。)に対し、その請求に基づいて行う。
2 二次健康診断等給付の範囲は、次のとおりとする。
一 脳血管及び心臓の状態を把握するために必要な検査(前項に規定する検査を除く。)であつて厚生労働省令で定めるものを行う医師による健康診断(一年度につき一回に限る。以下この節において「二次健康診断」という。)
二 二次健康診断の結果に基づき、脳血管疾患及び心臓疾患の発生の予防を図るため、面接により行われる医師又は保健師による保健指導(二次健康診断ごとに一回に限る。次項において「特定保健指導」という。)
3 政府は、二次健康診断の結果その他の事情により既に脳血管疾患又は心臓疾患の症状を有すると認められる労働者については、当該二次健康診断に係る特定保健指導を行わないものとする。”
引用元:労働者災害保険法 第1章 第26条
(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO050.html)
と、なります。
労災保険は誰が請求する?企業のすべきことは?
請求は本人または遺族が行う
労災保険の請求は、本人または遺族が行うことになっています。手続きの方法は、それぞれの給付によって異なります。
給付の手続き方法や必要書類の提出先については、先ほどご紹介した厚生労働省発行のパンフレットに詳細がありますので、参考にしてください。
リンクURL:「厚生労働省:労災保険給付の概要」
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html
申請書には事業所の証明欄がある
労働者が労災保険の申請をする際に事業所が行うことがあります。それは、労災保険の申請書に「事業主の証明」を記入することです。この証明は、事業主が「この労働者の疾病等は労災によるものです」という証明になります。
しかし、労働者側が「労災」と考えていても、事業所としてはそれに納得しかねる場合もありますよね。その場合は、申請書には「労働者側はそのように主張しているが事業所としては考えが異なる」という旨の記載を行い、申請書とは別に「労災であると思わない理由」についてを主張する書類を添付することができます。
労災の認定をするのは労働基準監督署
あくまでも、労災を認定するのは労働基準監督署です。労働者がどう主張しようとも、事業所の主張がどうであったとしても、労災として認定するかしないかは労働基準監督署の判断いかんにかかっています。
書類の記載を故意に妨害するなどして、労災を主張している労働者やその関係者の心象を悪くしてしまうよりも、主張すべきところは主張し対抗策を練っておくのが良策と言えるのではないでしょうか。
労災保険を使うと翌年の保険料は?
労災保険ではメリット制を採用している
そもそも労災保険の保険料は、その事故の発生のしやすさなどを判断基準にして業種ごとに保険率が定められています。ですが、労働災害の発生率というのは、事業の種類が同じであったとしても事業所の努力や使用する機械の種類などによっても変わってくるものです。ですので、労災保険では労災保険料率を定めるにあたってメリット制を採用しています。
労災保険のメリット制とは
労災保険におけるメリット制とは、その事業所において発生した業務災害の発生件数に応じて労災保険料率が上下する制度のことです。業務災害の発生件数が多い事業所は率が高くなり、少ない事業所は率が低くなるのです。
メリット制が適用される事業所は、事業別に条件があり、必ずしもすべての事業所に適用になるわけではありません。詳しい適用条件については、厚生労働省のメリット制についてのリンクを参照してください。
リンク:「厚生労働省:労災保険のメリット制について(概要)」
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0614-4a.html
訴訟にならないための8つの対策
労災認定された場合、事業所は5つの責任を負うとされています。
・社会的な責任
・民事上の責任
・補償上の責任
・行政上の責任
・社会的な責任
この5つの責任です。5つの責任に共通して表れるのは、「企業の安全配慮義務」に違反したというもの。ここでは、訴訟にならないための8つの対策として、主に企業の安全配慮義務と業務遂行性・業務起因性についてお伝えします。
1.安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、事業所が災害を起こす可能性を事前に発見し、災害の発生を事前に予防するという義務のことです。この義務を怠って労働災害を発生させてしまうと、損害賠償責任問題に発展します。
安全配慮義務が明記されている法律として労働安全衛生法がありますが、労働安全衛生法に記されている安全配慮義務を満たしているからといって、安全配慮義務違反にならないというわけではありません。
だいたいどの法律でもそうなのですが、法律上に定められている基準は必要最低限のものだからです。
2.メンタルヘルスに関する配慮も必要
安全配慮義務というと、物質的な面というイメージがありますが、労働者のメンタルヘルスに関する分野についても当然配慮が必要と考えられています。労働安全衛生法が改正され、平成27年12月1日よりストレスチェック制度が施行されたのもそういった事情があるからです。ストレスチェック制度についての詳しい内容は、こちらのリンクをご参照ください。
リンク:「厚生労働省:ストレスチェック制度 簡単!導入マニュアル」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150709-1.pdf
3.精神障害についての認定基準
労災認定を行うのは労働基準監督署であり、労災の申請を行うのは労働者ですが、事業所が精神障害についての労災認定基準について知っておくことも、大切です。
基本的に、精神障害を発病した場合にそれが労災認定を受けるためには、その発病の原因が仕事上の強いストレスにあると認定されることが必要です。下にあげた厚生労働省のリンクには、認定基準になる精神障害かどうかを、簡易的に判定するチェックシートや具体例が掲載されています。
リンクURL:「厚生労働省:精神障害の労災認定(PDF)」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120215-01.pdf
4.下請労働者についても責任を負う場合がある
安全配慮義務が課せられる範囲というのは、「特別の社会的接触関係」のある範囲です。その判例によってケースバイケースではありますが、「実質的に使用関係にあった」場合や「直接的あるいは間接的に指揮監督関係があった」と認められる場合は、元請けの事業所が責任を負う場合があります。
5.派遣労働者については派遣元が労災保険の適用になる
派遣労働者については、基本的には派遣元で労災保険が適用になります。しかし、安全配慮義務違反で訴訟を起こされた場合は、派遣先の事業所も責任を問われる場合があります。
6.業務遂行性3つの判断基準
業務災害が認められるにあたって、業務遂行性と業務起因性が認められるという条件がありました。業務遂行性が認められる判断基準は3つあります。公益財団法人労災保険情報センターから引用すると
1.事業主の支配・管理下で業務に従事している場合。
労働者が、予め定められた担当の仕事をしている場合、事業主からの特命業務に従事している場合、担当業務を行う上で必要な行為、作業中の用便、飲水等の生理的行為を行っている場合、その他労働関係の本旨に照らして合理的と認められる行為を行っている場合などです。
2.事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合。
休憩時間に事業場構内でキャッチボールをしている場合、社員食堂で食事をしている場合、休憩室で休んでいる場合、事業主が通勤専用に提供した交通機関を利用している場合などです。
3.事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合。
出張や社用での外出、運送、配達、営業などのため事業場の外で仕事をする場合、事業場外の就業場所への往復、食事、用便など事業場外での業務に付随する行為を行う場合などです。”
引用元:「公益財団法人労災保険情報センター」
(http://www.rousai-ric.or.jp/tabid/105/Default.aspx)
となっています。休憩時間や外勤などの場合も業務遂行性が認められるということですね。
7.業務起因性が認められない2つのパターン
業務遂行性が認められたからといって、必ず業務起因性も認められるとは限りません。業務起因性とはその災害が、業務に含まれる危険性や有害性が現実となったものであると経験則上言える状態のことでした。
業務起因性が認められない2つのパターンとは
・労働者の積極的な私的・恣意的な行為により発生した場合
・特殊的・例外的要因により発生した事故の場合
です。例えば、他人の業務を手伝ったことによって生じた事故や出張中や外勤中に仕事とは関係ない行事(お祭りやイベント)に立ち寄り生じた事故などがそれにあたります。
8.解雇と労災の関係
労災で休業中の労働者の解雇についてです。業務災害で休業中の労働者に関しては、その休業が一部休業であったとしても解雇制限がかかりますので、容易に解雇をすることはできません。これは、労働基準法第19条に規定されているからです。具体的には、休業している期間及びその後30日間は解雇できませんし、解雇予告もすることができないとされています。
通勤災害の場合は、この解雇制限は適用されませんが、解雇自体がそんなに自由にできるものではありませんので、通勤災害で休業している労働者の解雇については基本的には事業所と労働者間での話し合いになると押さえておいた方がいいでしょう。
また、解雇制限中だからといって絶対に解雇ができないというものでもありません。打切補償を行ったり、事業所の事業が継続困難になった場合は解雇することができます。打切補償とは、疾病や病気の療養開始から3年を経過しても治らない場合に、事業所が労働者に1200日分の平均賃金を支払うことです。
この打切補償と同様の補償を受けたとみなされるのが労災保険の疾病保障年金です。同じように3年経過しても治らない場合で疾病保障年金を受けることになった場合は、解雇制限が解除されます。
総合労働相談コーナーの活用
労災の相談というと、弁護士や社会保険労務士のイメージがありますが、厚生労働省で総合労働相談というサービスを行っています。電話でも、対面でも相談できますし、女性相談員が常設されている相談所もあります。
労働者だけでなく、事業主も相談をすることができますので、労災関連で引っかかることが出てきたら利用してみるのも手です。
リンクURL:「厚生労働省:総合労働相談のご案内」
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html
まとめ
いかがでしたか。労災保険について、訴訟が起こるのを防ぐために必要な知識についてお伝えしました。
特に近年増加傾向にある精神疾患についての労働災害については、認定までに時間がかかるなど労働者・事業所ともに消耗してしまいます。
認定基準について丸暗記をする必要はありませんが、悲劇を防ぐためにも予防策はしっかりとっておきたいですね。